余呉湖ride

おじサイクル企画
おじサイクル
日 時 160424(日)
天 気 時折、北西からの風
参加者 私G、おさむさん、mayumiさん、泡太郎さん、asanoさん、kohichiさん、yukiさんの7名
(近江長岡駅まで、朝だけ出撃のAGさん)
目的地 余呉湖まったり一周 (基本走行距離88km)
今日の目的地、余呉湖周回のために、米原市山東町支所8時出発できるように、個々がそれぞれの段取りで集合です。
100km超えをやっぱり拒否するmayumiさんは、
(未だに一人で輪行段取りできないために)お供に私を従え、尾張一宮05:55発に乗車し、大垣乗り換え3分をclearし、近江長岡駅06:45着

駅到着後、10分以内に、AGさん、asanoさんらが駅に到着し、AGさんは
(私に代わって)mayumiさんの餌食となり、輪行解除手伝いさせられ、ご褒美にサンドイッチで誤魔化されました。
気の毒なAGさん

おさむさんは、5時過ぎに家を出て自走で近江長岡へと。
垂井町を過ぎた辺りからの上りと向かい風に、体力を奪われたせいか、夕方まで終始、力が入らず、絶好調の私にさえ、抜かされる始末。最後は、mayumiさんと同等の走り具合。おいおい、どうしたおさむ氏!だしかんぞ!

asanoさん、おさむさん、AGさん、7時前には近江長岡駅に到着しており、皆さん、5時出発とのこと。
めちゃ、気合入ってますね。

朝礼後、AGさんは、家族さんが待つ家へとトンボ返り。
5時から68km走り、大したもんです。

8時、定刻になったので一同走り始めます。
新しい『観音坂トンネル』を通過し、石田町へと。
  
石田町では、石田三成、大谷吉継、秀吉らの話になり
【大谷吉継の話になると】
↓↓
幼い頃から羽柴秀吉に仕え、賤ヶ岳の戦いや小田原攻めなど、秀吉の天下統一事業を助けて各地で活躍する。
秀吉をして「100万の兵を与えて存分に指揮させて見たい」と言わしめたほどの名将であった。
ハンセン病を患っていたと言われており(梅毒説もある)、常に顔を白い布で隠していたことで有名。
末期になると馬に乗ることも難しく、4人担ぎの輿に乗り紙の鎧兜を付けて指揮に当たっていたという。
また、茶の湯の席でお茶を回し飲みする際、吉継が口をつけた湯飲みには誰も口をつけなかったが、ただ1人石田三成のみが気にせずに茶を飲んだという説話が伝わっている(秀吉が飲んだという説もあります)
このエピソードは後述する石田三成との友情につながっていく。

徳川家康と親しかったが、関ヶ原の戦いでは親友・石田三成に挙兵を持ちかけられる。
その際には、無謀だと諫め説得するも、三成の熱意に打たれ、西軍に参戦する。

関ヶ原の戦いで数少ない、西軍としてまともに戦っていた武将のうちのひとりであったが、裏切った小早川秀秋の猛攻撃を受ける。
小早川勢1万5000に対し、大谷勢は東軍と渡り合っていたのも含めて5700程度と言う兵力差でありながら、数度にわたって小早川勢を500メートルも押し戻すことに成功する。
むしろ、なぜ小早川勢は予備隊600にすら押し戻されてるんだとか言ってはいけない。そういう仕様です。

しかし小早川を追撃しようとした瞬間に、元々秀秋が裏切った時の備えであったはずの脇坂安治・朽木元綱・小川祐忠までが裏切り、前面から東軍諸隊、側面・後背から内応諸隊の包囲攻撃を受けて軍勢が総崩れとなり、自害する。享年42。その首は家臣・湯浅隆貞が関ヶ原の地中に埋め、見つからなかった。
なお、娘は真田幸村(信繁)の正室である。

  

  

新緑の中を、気持ちよく走ります。

七本槍の富田酒造さんへ到着です。
今回は酒粕ジェラートがありましたから、4個買って、店内で食べさせていただきます。
酒粕の甘い香りが何とも言えず、なかなかの美味でした。

店内販売のTシャツ、綿100%、国内生産という生地の良さに惚れこんだkohichiさんは、このTシャツお買い上げです。

  

  

湖畔で一休憩してから、一周6kmを、涼しく、爽快に、初夏の風を感じながら快調に走ります。

 

  

余呉湖を後にして、本道から外れた道をのんびりと走ります。

  

琵琶湖へ出れば、追い風が吹き、爽快に長浜へと走りこみます。
mayumiさんでも、スイスイと走っていました。

 

近江長岡へと戻る最後のトンネル手前の坂では、おさむ氏がピッチ上がらず、mayumiさんと同程度で、やっとのことで上ってきます。『どうした、おさむ!』と聞けば、『もうダメ、脚がパンパン』『筋肉が痛い』と言い出す始末。
家から近江長岡までの道中、垂井町からの上りと向かい風で、精根尽き果てた、と言っていました。
対する私は、近江長岡からの出発ではありますが、前回ヘロヘロだった坂が、今回はスイスイと絶好調。
ま、こういう時もあるでしょう!
しか〜し、おさむ氏の脚は最後まで戻らず状態、近江長岡から関ケ原までの坂も、やっぱりmayumiさんと同程度で。
『ハンガーノックじゃなくて、マジで、筋肉痛かった』と。
帰宅して、アルコホール液薬、大量飲めゃ〜、回復でしょう!

対して、yuki姫は、上り絶好調で、口元が微笑んでいます。
(yuki姫は変態坂嬢のようです)

  

関ケ原の某所オアシスで休憩し、その後、解散。
近江長岡から出発の、私、mayumiさん、kohichiさん、yukiさんは88km走
(近江長岡→余呉湖→関ケ原)、
自走組の、おさむさん、asanoさん、泡太郎さんらは160km走、皆さん、お疲れ様でした。

【yukiさんコメント】
お疲れさまでした。
本当に楽しい一日でした。
思ったより快調に走れたので、チョー気持ち良かったです。ありがとうございました!
今日はよく眠れそうです。
やっぱりワイワイ楽しいですね!

隊長さんもオサムさんもさっすが物知りですね。
歴史の話題、すみません、よくわかりませんでした…出直してきます。

つまらまいものですが…

【asanoさんコメント】
お疲れ様でした!
やっぱり滋賀県歴史深く楽しいですね〜シメは天下分けめのうおさだで(笑)
そろそろ新緑のメタセコイア並木も気になります滋賀方面企画お願いします!

【mayumiさんコメント】
参加の皆様ありがとうございました
余呉湖はもう一度行ってみたかったんですね〜
湖畔の緑は鮮やかで、八重桜も見事でした
今回は 「シメの天下分け目のうおさだ」まで行けて良かったです。
最近は70キロくらいじゃ 勘弁してもらえないのがちょっとナンです

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